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実例の1つです。

おはようございます。山菜サボテンです。本日は前回書き損ねたメアリベス・ティニングに触れてみます。既に検索してしまった方がいたら、また別の見解として見てください。ちなみに前回同様、外国人の名前をカタカナにしているので、表記に微妙な違いがあります。

1965年にジョー・ティニングと結婚。3人の子供をもうけたが、1972年の初めに3人目の子供で次女のジェニファーが生後1週間で出血性髄膜炎で死亡。当然まわりは母親に同情したが、これによってメアリベスはまわりの注目が集まる快感を知る。
ジェニファーが死亡してから3週間後、今度は2人目の子供である2歳のジョーイが死亡。診断は「レイ症候群(原因不明の病気)による自然死」で、続けて2人も子供を失ったメアリベスには更に同情が集まった。
しかし葬儀からわずか6週間後、長女のバーバラがまたしても死亡。診断はまたしても「レイ症候群による自然死」だった。まるでホラー映画を思わせるくらい人が死んでいるにも関わらず、誰も殺人の可能性は考えず、メアリベスは可哀想な母親のままだった。
夫のジョーはメアリベスを元気付け、もう一度家庭を立て直そうとした。その結果、1973年の終わり頃に4人目の子供(ティモシー)をもうけたが、この子供も生後3週間で死亡。診断は「SIDS(SuddenInfantDeathSyndrome:乳幼児突然死症候群)」(読みは「シッズ」)だった。
この後、5人目の子供(ネイサン)をもうけたが死亡。メアリベスは「私の遺伝子が悪いから子供が死ぬ」と洩らしていたらしい。この発言の影響か、6人目の子供として養子(マイケル)を迎え入れる。
更に7人目(メアリー・フランシス)、8人目(ジョナサン)と子供が産まれては死亡。そして養子として迎え入れたマイケルもこの時期に死亡。この頃になり、やっと周囲は疑問を持ち始める。
そして1985年、9人目の子供であるタミー・リンが生後4ヶ月で死亡。クリスマス目前の12月19日だった。
ここでやっと夫であるジョーの妹が警察に通報。タミー・リンの遺体を司法解剖した結果、何者かに窒息死させられたことが判明。今までの経緯からメアリベスは逮捕され、厳しい追求の結果、自分の子供たちを窒息死させていたことが発覚。結局、メアリベスはタミー・リンの殺害のみで裁かれ、20年から終身の不定期刑が言い渡された。

これが代理ミュンヒハウゼン症候群の一例で、自分に近い存在である子供を殺害し、可哀想な母親を演じ続けることに快感を見出してしまった末路です。ただ、最初に死亡したジェニファーは正真正銘の病死らしいので、もしこの病死がきっかけでミュンヒハウゼン症候群になったのであれば、偶然から生まれてしまった悲劇であるのかもしれません。

こんな記事に関係する画像などあるはずもなく。
11-03-02_003.jpg
カロリーオフなだけに味が薄めなミルクティーでした。

http://www.shimaya.net/

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