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マルコ・シモンチェリ

私がシモンチェリ選手を知ったのはついこの間のことである。
たびたび書いている、バイクのF1であるモトGPをツインリンクもてぎに見に行ったときのことだ。
土曜日のフリー走行の日、
写真を撮るべくばかでかいカメラを担いだ友人とともに第五コーナーにいたときである。
その日は風が穏やかで、雲が多く日が差せば暑いが太陽が隠れると少し肌寒かった。
私はバイクに目もくれずぼんやりと空模様を眺めているときに周りの観客たちがどよめいた。
何かと思い視線をサーキットに戻す。
すると一台のバイクがアスファルトの上を滑り、コース外へ出て派手に砂を巻き上げた。
「誰だ、誰だ?」とざわめく中、うっすらと聞こえる場内実況がシモンチェリ選手の名を呼んだのである。
たった今正体が判明したライダー、シモンチェリ選手はすっくと立ち上がり
フロントフォークが壊れてお釈迦になってしまった相棒を尻目にサーキットから避難していった。
背中のプロテクターのおかげで二倍速のアシモみたいな動きで。
そして颯爽と代えのバイクに乗って再びサーキットを駆けたのである。

その日の夕方。
モトGPを放送する日テレG+が翌日の日本グランプリの1位から3位を当てる企画を行っていた。
友人とその友人はホンダ党で私はヤマハ党だがライダーの名前をロクに知らなかったために
一位2位をホンダのライダーで固め、3位にシモンチェリ選手を選んでいた。
私は「あの転んだライダーはすごいのか?」と聞いた。
友人は「転びさえしなければかなりの確立で表彰台にあがる」と言うのである。
上手いのか下手なのかわからんなと思いながら、私の頭にシモンチェリ選手の名前が刻まれたのである。

諸事情により私のシモンチェリ選手への出会いと記憶はここまでである。
とりあえず彼は翌日の本戦では転ばなかったが、
コーナリングでのミスが響き表彰台には上がらなかったようである。
しかしながら私はシモンチェリ選手の名前をすっかり覚えてしまった。
ロッシ選手とロレンソ選手についで三人目だ。
もし来年もモトGPを見ることができたなら、シモンチェリ選手を応援しようと思っていたのである。
それから三週間もたっていない。
シモンチェリ選手はマレーシアグランプリで転倒し、後続車に轢かれてもう帰ってくることはなかったのである。

次に彼を応援できるときが来るのだとしたら、
できることならなるべく遠い未来であってほしいものである。
私もまたライダーなのだ。
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